「体の力を抜く」と聞くと、だらけた状態をイメージする人がいるかもしれません。しかし、本当に良い体とは、力が必要な時にはしっかり力を発揮し、必要のない時には完全に力を抜ける体です。

理想的な筋肉は、力を入れた時には鋼のように強く、力を抜いた時には赤ちゃんのように柔らかい状態になります。つまり、「縮む」と「伸びる」がしっかりできる筋肉こそが良い筋肉なのです。

立っている時や座っている時、歩いている時には、姿勢を支える深部の筋肉(姿勢筋)が自然に働きます。一方で、手足を動かす筋肉には余分な力が入っていない状態が理想です。

ところが、人は「もっと速く」「もっと強く」と思った瞬間に、無意識に体へ余分な力を入れてしまいます。

野球では「速く振りたい」「遠くへ飛ばしたい」、武道では「強く突きたい」「速いパンチを打ちたい」、水泳では「もっと速く泳ぎたい」と考えた瞬間に、肩や腕に力が入り、動きが硬くなってしまうのです。

本来は、体全体はリラックスしたままで、インパクトの瞬間だけ必要な力が入るのが理想です。しかし、この「必要な瞬間だけ力を入れる」ということは、理屈では分かっていても、プロのスポーツ選手でも簡単にはできません。

現役時代の巨人・松井秀喜選手が、打席に入る前に両肩を上下させて肩の力を抜く動作をしていたのも、そのためです。

体の力は、足・腰・体幹で生み出され、そのエネルギーが肩を通って腕へと伝わります。しかし、肩に力が入り持ち上がった状態では、その流れが肩で止まり、腰の回転による力が腕まで伝わりません。

すると、腕だけの力で投げたり打ったりすることになり、本来のパワーを発揮できないばかりか、肩や肘を痛める原因にもなります。

さらに細かく見ると、体の連動性が失われることで、関節を伸ばす「伸筋」ではなく、関節を曲げる「屈筋」が主役になってしまいます。その結果、本来しなやかに動くはずの伸筋の働きが妨げられ、動きが硬くなってしまうのです。

本来は、背中の伸筋から腕の伸筋へと力が自然に伝わることで、無駄なく大きなパワーを生み出せます。

一方で、腹筋や腕の力こぶなど、屈筋ばかりを鍛えても、ある程度までは上達できますが、どこかで壁にぶつかります。

名人や達人と呼ばれる人たちは、一見すると力が入っていないように見えるにもかかわらず、驚くほど大きな力を発揮します。それは、体全体の連動と伸筋の働きを身につけているからです。

野球でいえば、歴史に残る大選手、王貞治選手や落合博満選手は、力任せではない、しなやかなスイングで数多くのホームランを打ちました。また、武道の達人も、年齢や筋肉量に関係なく驚くような技を繰り出します。これも、体全体を連動させ、伸筋をうまく使っているためです。

屈筋の余分な力が抜けている人ほど、見た目以上に素早く、しなやかに動くことができます。

最近は、腹筋や胸筋、力こぶなど見た目を重視した筋力トレーニングが人気ですが、屈筋ばかりを鍛え過ぎると、力を抜くことが苦手になり、体は常に緊張しやすくなります。

健康という視点でも、体の力が抜けない状態はリラックスしにくく、ストレスをため込みやすくなります。

達人や名人、高僧と呼ばれる人たちに、姿勢が美しく、穏やかな人が多いのは、余分な力が抜けた体を身につけ、心身ともに無駄な緊張が少ないからなのかもしれません。

「力を入れること」よりも「力を抜けること」。それこそが、本来の力を発揮し、健康な体をつくるために欠かせない能力なのです。